クリニック開業!収支シミュレーションから読み取れることとは?
1.なぜクリニック開業に収支シミュレーションが必要なのか?
クリニック開業を成功させるには、医療スキルやサービス品質だけでなく、経営者としての視点も欠かせません。その中でも特に重要となるのが「収支シミュレーション」です。
開業前に収支計画を明確に描くことで、将来的なキャッシュフローの見通しが立ち、無理のない経営判断が可能になります。逆に、収支の予測が甘いまま開業してしまうと、売上の見込み違いによる資金繰り悪化や、思わぬ支出増で経営が破綻するリスクもあります。
経営リスクを最小限に抑えるために
収支シミュレーションの第一の目的は「リスク管理」です。開業当初は患者数が不安定で、売上が伸び悩む可能性がある一方で、固定費(家賃・人件費・材料費など)は確実に発生します。黒字化するまでにどれだけの資金が必要か、どのタイミングで収益化するかを把握しておくことが、安定経営への第一歩です。
たとえば、運転資金の不足でスタッフへの給与が支払えなくなる事態を避けるためには、最低でも6か月分の資金準備と、それに見合った月間収支の予測が必要です。
新規開業と承継開業、それぞれの視点
収支シミュレーションは「新規開業」と「承継開業」で考慮すべき項目が異なります。
- 新規開業:患者ゼロからのスタートとなるため、広告宣伝費や内覧会などへの初期投資が必要。集患に時間がかかる前提で慎重な収支計画が求められます。
- 承継開業:既存の患者層・設備を引き継げる分、早期の売上安定が期待できます。ただし、リース契約の引き継ぎや老朽設備の更新費用など、予想外の支出が発生することも。
どちらの開業形式を選ぶにせよ、事前に収支を可視化し、収益構造を理解しておくことが開業成功の鍵となります。
2.収支シミュレーションの基本構成
クリニックの収支シミュレーションを作成する際には、次の3つの要素を中心に設計します。
- 売上(収入)
- 支出(固定費・変動費)
- 利益(収支差)
この構造を正確に組み立てることで、将来的な資金の流れを見通すことができます。
シミュレーションで把握すべき3つの要素
1.売上
売上の予測には「患者数×診療単価×診療回数」という計算式を用います。診療科目ごとに来院頻度や自費診療の比率が異なるため、地域性や競合状況も加味しながら慎重に見積もる必要があります。
2.支出
主な支出項目は、家賃、人件費、材料費、リース代、広告費などです。とくに家賃や人件費は開業初期から発生する固定費であり、赤字期間の長期化を招く要因となりやすいため、現実的な数値を設定することが求められます。
3.利益
収入から支出を差し引いた純利益を月次・年間で把握します。これにより、投資回収期間や黒字転換のタイミングを見極めることができます。
月次ベースと年間ベースの作成視点
収支シミュレーションは、月次ベースでの細かな予測と、年間ベースでの大局的な見通しを組み合わせて作成します。月別に患者数が変動する可能性や、繁忙期・閑散期の売上変化なども考慮に入れ、シーズンごとの収支も予測しておくと、より現実的なシミュレーションが完成します。
3.初期費用と運転資金をどう見積もるか
クリニックの開業には多額の資金が必要となりますが、それらは「初期費用」と「運転資金」に大きく分類できます。収支シミュレーションを立てる際は、これらの区別を明確にし、それぞれの費目ごとに適正な予算を設定することが大切です。
初期費用(開業前に必要な支出)
初期費用には以下のような支出が含まれます。
- 物件取得費(敷金・礼金・保証金など)
- 内装・設備工事費
- 医療機器・ITシステムの導入費
- 開業コンサル費用や専門家報酬(税理士・行政書士など)
- 広告宣伝費(内覧会・Web広告等)
一般的には、2,000万〜4,000万円程度の初期費用が必要とされています。診療科目や地域によってはさらに増額するケースもあり、資金調達計画との整合性が求められます。
月次支出(運転資金)
運転資金とは、開業後の数か月間の赤字を乗り切るための「備え」です。以下が主な月次支出項目です。
- 家賃・共益費
- 人件費(医師・看護師・受付など)
- 医療材料・消耗品
- 電気・水道・通信費
- 広告費・管理費
- 借入金の返済
初期は来院数が不安定であるため、売上が計画通りに伸びない可能性も考慮し、最低でも3〜6ヶ月分の運転資金を確保しておくのが安全です。仮に月次の固定支出が150万円であれば、450〜900万円の運転資金が必要となります。
4.売上シミュレーションの立て方と診療科目ごとの違い
収支シミュレーションにおいて売上予測は最も重要かつ難易度の高い部分です。正確な売上予測を立てるには、診療科目の特性、診療単価、患者数、来院頻度、地域ニーズといった複数の要素を掛け合わせる必要があります。
患者数×単価×診療日数が基本構造
売上シミュレーションの基本式は以下の通りです。
売上=1日あたりの患者数 × 診療単価 × 診療日数(月あたり)
たとえば、1日あたり30人の患者が来院し、平均単価が6,000円、月の診療日数が22日であれば、
6,000円 × 30人 × 22日 = 月396万円となります。
この「診療単価」は診療科ごとに大きく異なるため、より正確な科目別の理解が必要です。
自由診療と保険診療の収益構造の違い
保険診療は、国が定めた診療報酬に基づいており、収入の予測はしやすいものの、単価は比較的低めです。回転率(来院数)を確保する必要があります。
一方で自由診療は美容皮膚科、AGA、審美歯科などで用いられ、1件あたりの単価は高いですが、患者獲得にかかる広告費やキャンセルリスクなどを含めて予測する必要があります。
診療科目 | 平均単価(目安) | 売上特性 |
---|---|---|
内科 | 3,000〜5,000円 | 高頻度来院/回転重視 |
小児科 | 2,500〜4,000円 | 季節変動が大きい |
皮膚科 | 4,000〜8,000円 | 保険+一部自費混合型 |
美容皮膚科 | 10,000〜30,000円 | 単価高/集患力が重要 |
歯科 | 5,000〜10,000円 | 初診+定期的リピート |
収支シミュレーションの初期段階では、現実的な「低めの想定値」で売上を見積もることが肝要です。過剰な期待値で計画を立てると、想定より集患が難航した際の資金繰りに影響します。
5.損益分岐点とは?黒字化までのシナリオを描く
収支計画の中核となるのが「損益分岐点」の計算です。これは、「売上がいくらを超えたら黒字になるのか?」を明らかにする指標であり、現実的な目標設定にもつながります。
必要売上高の算出方法
損益分岐点売上高の求め方は以下の通りです。
損益分岐点売上 = 固定費 ÷(1 − 変動費率)
たとえば下記の場合…
- 月の固定費が200万円
- 売上に対する変動費(材料費など)が30%
200万円 ÷(1 − 0.3)= 約285万円
つまり、月の売上が285万円を超えた時点で黒字転換となります。
この金額を1日の患者数や単価に落とし込むことで、1日あたり何人診療すれば良いかを具体的に把握できます。
見込みと現実のギャップにどう備えるか
実際の開業現場では、想定より売上が伸びないケースが多く、黒字化までに想定以上の時間がかかることもあります。以下のようなリスク対策が有効です。
- 売上シミュレーションは「悲観的シナリオ」でも検証する
- 固定費を抑える努力(スタッフ数や家賃の見直し)
- 広告・紹介戦略を立てて集患力を高める
事前に「最悪の場合」を想定した収支設計をしておけば、開業後に慌てることなく戦略的に対応することが可能です。
6.新規開業と承継開業で収支がどう変わるか
開業形態によって収支構造は大きく異なります。新規開業と承継開業のどちらを選ぶかによって、初期費用、月次支出、売上見込みに明確な差が生まれます。
承継開業の特徴とメリット
承継開業は、既存クリニックの患者・設備・スタッフを引き継ぐ形でスタートします。そのため、
- 内装や医療機器をそのまま使える(設備投資が少ない)
- 初日からある程度の来院が見込める
- スタッフ体制が整っている
といった点で初期費用と集患コストが抑えられ、収支の安定化が早い傾向にあります。
ただし、以下の注意点もあります。
- 設備の老朽化による追加投資が必要な場合あり
- 患者層やスタッフの関係性に配慮が必要
- 前院長との関係・契約条件の整理が必要
新規開業の収支的特徴
一方、新規開業は自由度が高い反面、ゼロからの構築となるため、
- 設備・内装にかかる初期費用が大きい
- 患者ゼロからのスタートで広告費が高くなりやすい
- 開業後数か月は赤字覚悟の運営になる
というリスクがあります。ただし、物件や診療圏の選定、ブランディングを自分の理想通りに設計できるため、長期的には収益性を高めやすい面もあります。
どちらの形式でも、事前の収支シミュレーションによって、想定キャッシュフローとブレイクイーブンポイントを見極めておくことが、経営を成功に導く鍵です。
7.収支シミュレーションを使った事業計画書のつくり方
収支シミュレーションは、院長が開業の見通しを把握するためだけではなく、事業計画書の根幹資料としても重要な役割を果たします。金融機関への融資申請や、税理士・建築業者・コンサルタントとの連携を進めるうえでも、信頼性の高い数値計画は必須です。
金融機関に対する信頼性確保のために
金融機関がクリニック開業への融資判断を行う際、重視するのは「返済可能性」です。そのため、以下の点が明確に記された事業計画書は、審査の通過率を高めます。
- 開業の目的・理念
- 立地と診療圏の分析
- 初期費用と調達資金の内訳
- 月次・年間収支シミュレーション
- 売上の根拠(患者数・単価・広告計画等)
特に、売上予測に裏付けがない場合や、支出が過小見積もりされている場合、計画全体の信頼性が損なわれ、融資が否決される可能性もあります。数字の「妥当性」と「根拠」が重要です。
数字の裏付けとなるデータの出し方
現実的な計画書を作るためには、以下のようなデータの活用が推奨されます。
- 国や自治体の統計資料(人口構成、世帯数など)
- 競合クリニックの情報(診療科・規模・評判など)
- 地域の医療需要に関するレポート
- 診療圏調査結果(来院可能人口や競合距離)
こうした客観的なデータをもとに、患者数の見込み・診療単価・リピート率などを論理的に積み上げることで、計画の精度と説得力が高まります。
メディシーによる事業計画サポート
メディシーでは、開業を希望される医師に向けて、事業計画書作成支援や収支モデルの作成支援を実施しています。融資申請に適したフォーマットや、現実的な売上・支出の算出方法など、専門のコンサルタントが伴走することで、計画作成の不安を軽減します。
8.診療科別・開業収支の例
診療単価、集患スピード、必要な初期投資、経費率などが科目によって異なるため、自身の専門に近いケースを参考にすると具体的な収支イメージがつきやすくなります。
内科クリニックの例
- 開業形態:新規開業(住宅街の路面テナント)
- 初期費用:約3,500万円(内装・機器・広告含む)
- 売上予測:月350万円(1日35人/平均単価5,000円)
- 月次支出:約220万円(家賃・人件費・材料費)
- 損益分岐点:月約270万円 → 開業5か月目で黒字化
ポイント:近隣に競合が少なく、地域密着型で高齢者ニーズに応えやすい。
皮膚科クリニックの例
- 開業形態:承継開業(駅近の既存医院を引継ぎ)
- 初期費用:約2,500万円(部分改装・医療機器更新)
- 売上予測:月420万円(1日45人/平均単価6,000円)
- 月次支出:約260万円
- 損益分岐点:月約280万円 → 開業3か月目で黒字化
ポイント:既存の患者基盤があるため、集患費用が抑えられ、安定運営しやすい。
歯科クリニックの例
- 開業形態:新規開業(郊外型商業施設内)
- 初期費用:約5,000万円(チェア4台/CT導入)
- 売上予測:月600万円(1日50人/平均単価8,000円)
- 月次支出:約380万円(人件費・機器リースが高額)
- 損益分岐点:月約410万円 → 開業6か月目で黒字化
ポイント:設備投資が大きい分、初期コスト回収にはやや時間がかかる。
9.まとめ|数字に強い院長がクリニック経営を制す
クリニック開業を成功に導くためには、「医師としての実力」だけではなく、「経営者としての視点」が不可欠です。収支シミュレーションは、まさにその要であり、以下のような価値があります。
- 開業前に経営リスクを把握し、対策が打てる
- 売上・支出・利益の見通しを明確化できる
- 金融機関やパートナーとの信頼構築に役立つ
- 黒字化までの戦略が具体的になる
売上が伸びるまでの時間を正しく想定し、その間を支える資金計画を立てることが、持続可能な経営の第一歩です。収支シミュレーションの精度を高めることが、開業後の安心にもつながります。
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