外国人患者の受け入れが多い医療機関の、課題と現状
1.日本の在留外国人数と、外国人患者について
日本では、訪日観光客や在留外国人の増加に伴い、医療機関における「外国人患者」の受け入れ体制整備が急務となっています。法務省の統計によると、在留外国人数は2024年末(令和6年末)時点で376万8,977人(中長期在留者数349万4,954人、特別永住者数27万4,023人)に達しております。
前年末比10.5%増とされており、過去最高を更新。今後も増加が予想されています。

出典:出入国在留管理庁ホームページ(https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00052.html)
このような背景のもと、外国人患者の医療ニーズにどう応えるかが多くの医療機関にとって喫緊の課題です。
外国人患者受け入れの現状
厚生労働省が2023年に実施した「令和5年度医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査について」によると、回答があった全国の医療機関5,184病院のうちの約5割が、「2023年9月1日~30日の期間で、外国人患者の受け入れをした」という回答でした。さらに、都道府県の選出する「外国人患者を受け入れる拠点的な医療機関」では、8割以上の受け入れをしたという回答でした。外国人患者数については、1か月で10人以下であった病院が最も多いことがわかりました。

出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41976.html)

出典:厚生労働省のホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41976.html)
現代の日本において、外国人の受け入れ体制の標準化・制度化は避けて通れない道となっており、対応が急がれています。
2.外国人患者を多く受け入れる病院が直面する主な課題
言語対応の限界と通訳者不足
外国人患者の受け入れで最も頻繁に挙げられる課題は、「言葉の壁」です。「通訳の不在」「医療通訳の質のばらつき」は多くの病院で共通する悩みとなっており、医師と患者の意思疎通が不十分なまま診療が行われるケースが存在します。
保険制度の相違・無保険対応の難しさ
次に大きな課題として挙げられるのが、「医療費・保険制度」に関するトラブルです。在留資格によっては日本の公的保険制度(国民健康保険・社会保険など)に加入していない外国人患者も多く、その場合、全額自己負担になります。
この状況を事前に説明する体制が不十分ですと、診療後に費用を巡ってトラブルに発展するケースも考えられます。また、支払い能力の有無やクレジットカードの対応状況なども課題になります。
宗教・文化的配慮不足による誤解とクレーム
宗教上の禁忌や文化的価値観をめぐるトラブルも現場では発生しています。たとえば、治療時の異性対応、食事内容(豚肉などの制限)、祈祷スペースの有無など、患者の文化的背景に応じた配慮が求められます。
医療従事者がその背景を理解していない場合、無意識のうちに不快感を与えてしまい、クレームや信頼低下の原因となることもあります。
医療従事者のストレスと教育体制の不備
外国人患者への対応にあたる医療従事者の多くが、「心理的ストレス」「対応時間の増加」「業務負担の増大」を感じています。医療現場では即応性が求められるため、言語・文化対応の遅れがタイムロスに直結し、チーム全体の業務効率にも影響を及ぼします。
しかし、病院全体での対応方針や研修体制が整っていない医療機関が多く、現場任せになっている実態があります。
3.受け入れ体制を整備している病院の取り組み事例
外国人患者の受け入れ体制整備を進めている病院の中には、JMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)やJIH(Japan International Hospitals)といった公的な認証を取得している病院があります。これらの認証制度は、言語対応や医療通訳、診療ガイドラインの整備、緊急対応力などを総合的に評価するものであり、多言語対応・体制整備が一定の基準を満たしている病院に与えられます。
JMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)
JMIP取得済の病院は、2024年8月末時点で全国に69施設あります。
国内の医療機関における外国人患者の受入れ体制を評価し、認証する制度です。厚生労働省事業により構築され、日本医療教育財団が認証機関として運営を継承しております。医療安全の重視、通訳の適正利用、宗教・習慣等への配慮、改善・質の向上のためのPDCAサイクルが評価ポイントとされております。
JIH(Japan International Hospitals)
原則、年間10人以上の渡航受診者の受入実績があり、渡航受診者受入の組織的な意欲と取組みがある病院が対象となっております。英語・中国語・ロシア語・日本語の多言語版で海外へ情報発信する専用サイトもあります。
多言語対応の具体例
体制整備が進んでいる医療機関では、多言語による案内資料・標識・Webページの整備が積極的に進められています。代表的な対応言語は、英語・中国語・韓国語・ベトナム語・スペイン語などで、外国人患者の母語率が高い言語から順に導入されています。
また、厚生労働省のサイト内「外国人向け多言語説明資料一覧」では、英語や中国語だけでなく、ウクライナ語・ネパール語・ベトナム語などの幅広い言語資料が追加されております。さまざまな国に対応すべく、外国人患者の受け入れを促進する動きがあります。
厚生労働省ホームページ:外国人向け多言語説明資料 一覧
外部通訳サービスや翻訳アプリ活用の実態
医療通訳の人材不足を補う手段として、電話・タブレット端末を活用した遠隔通訳サービスの導入が進んでいます。通訳がなかなか難しい、通訳を常時契約できないという病院のために「希少言語に対応した遠隔通訳サービス」が、厚生労働省委託事業としてあります。
対応言語:タイ語、マレー語、インドネシア語、タミル語、ベトナム語、フランス語、ヒンディー語、イタリア語、ロシア語、ネパール語、アラビア語、タガログ語、クメール語、ドイツ語、ミャンマー語、ベンガル語、モンゴル語、ウクライナ語
厚生労働省ホームページ:厚生労働省委託事業「希少言語に対応した遠隔通訳サービス」のご案内
また、埼玉県外国人総合相談センターでも、病院の窓口職員と外国人との会話を仲立ちする電話仲介通訳を実施しております。
対応言語:英語、スペイン語、中国語、ポルトガル語、韓国・朝鮮語、タガログ語、タイ語、ベトナム語、ネパール語、インドネシア語、ネパール語、ウクライナ語、やさしい日本語
職員研修・マニュアル整備による対応力向上
先進的な医療機関では、外国人患者対応に関する研修プログラムの整備やマニュアル化にも注力しています。職種別に対応すべきポイントを明確化し、「受付」「診察」「会計」など各段階での標準的な対応手順を整備することで、スタッフの対応品質を均一化しています。
4.外国人患者受け入れ体制に関する今後の展望
行政・自治体・医療機関の連携強化の必要性
今後、外国人患者の受け入れ体制を本格的に拡充していくためには、病院単体での取り組みだけでなく、行政や自治体との連携が不可欠です。厚生労働省や地方自治体では、受け入れ可能な病院の情報公開、医療通訳の研修支援、災害対応時の外国人支援体制の構築などを進めています。
災害時・感染症流行時の外国人対応課題
新型コロナウイルス感染症のパンデミックや大規模地震等の災害が起きた際、外国人患者に対する情報伝達や医療提供が後手に回るケースが問題視されました。とくに言語対応が不十分な医療機関では、検査や隔離、避難などの案内が伝わらず、感染拡大や不安の増幅につながることもありました。
今後は、有事の際にも迅速に対応できる体制の整備が重要であり、多言語の災害対応マニュアルの配布や、緊急通訳体制の構築が求められます。
医療通訳の育成と制度化の必要性
現在、医療通訳者は自治体や民間団体により個別育成されていますが、国家資格としての位置づけはなく、専門性や品質の均一化に課題が残っています。
外国人患者への対応が地域医療にもたらす変化
多言語対応や文化的配慮の仕組みは、実は地域住民への対応力向上にもつながります。たとえば、高齢者や障がい者にとっても「わかりやすい医療情報」の提供が求められており、外国人対応で整備されたツールや手順が、結果的に地域全体の医療アクセスの改善に寄与することもあります。
このように、外国人患者受け入れの取り組みは「特別なもの」ではなく、全ての患者にとってやさしい医療提供体制の礎になると言えるでしょう。
5.まとめ
外国人患者の受け入れに関して、日本の医療機関は今まさに大きな転換期を迎えています。訪日観光客や在留外国人の増加により、多様な文化・言語背景をもつ患者への対応が求められる一方で、現場では「通訳不足」「保険制度の違い」「文化的ギャップ」など、実務上の課題が山積しています。
一方、JMIPやJIHのような公的認証制度を取得している病院では、多言語案内や医療通訳体制の整備、職員教育などが進み、受け入れノウハウが蓄積されつつあります。また、翻訳アプリや遠隔通訳サービスなどのテクノロジー活用も進み、中小規模の医療機関でも実現可能な支援策が広がりを見せています。
今後は、自治体や国と連携し、制度的な支援や資格制度の整備を通じて、全国的に標準化された受け入れ体制を構築することが不可欠です。外国人対応の強化は、結果的にすべての患者にとってやさしい医療環境の実現にもつながります。
この記事をここまで読んでくださった皆様も、対応体制の見直しや改善をぜひご検討ください。より良い医療の提供が、国籍を問わず安心と信頼につながる第一歩となります。